山形

命仁に懸ける想い

山形の生産アドバイザーから

生産アドバイザー  早坂正博さん 山形県 新庄市 昭和39年生まれ

生産アドバイザー 早坂さん

昭和58年、地元産業高校卒業後、家業である肥料・農業機械等の販売をしている早坂商店で仕事に従事。前向きな米生産者との関わりから、天候に左右されず、安定した生産量の確保と増収を考えた時に、様々な壁にぶつかる。 資材ありきの農法ではなく、納得して取り組める農業技術を求めていた平成2年、生体エネルギー研究所の佐藤先生が来県された勉強会に運よくめぐり合う。その後確実な技術習得をめざし、自身でもバラ栽培と稲作を実践。平成10年、生体エネルギー技術の普及と人の命と健康に貢献できる農産物の生産と流通を目指して(有)帰耕を設立。現在山形で14名の生産者と一緒に、命仁の栽培に取り組んでいる。

山形でも有数の豪雪地帯である新庄市。私が高校を卒業したころ(昭和58年)は果樹やハウス園芸も産地化するほど大きいものはなく、米の単作地帯でした。当時は政府米の価格も安定しており、生産者を取り巻く環境は悪くなかったと思います。しかし一生懸命研究して良い米を栽培しても、それなりの栽培をしても価格に差がありません。少しずつ生産者の意欲が下がっていくのを感じていました。また肥料を中心とする農業用資材も、効果効能が使用する圃場によってばらつきがあることに気付きました。減反も増えていく中で、米作りで収益を上げるためにはどうしたらいいのか真剣に考え始めたのが平成になってすぐのころでした。 このとき考えたのが下記のようなことです。

  1. 1 天候に左右されず収量が計算できる土作りと栽培技術の習得
  2. 2 この米じゃないとだめだといわれるオンリーワンの付加価値のついた米作り
  3. 3 自分たちの栽培した米に自分たちで価格をつけられるものを栽培する

平成2年に生体エネルギー研究所の佐藤先生が山形の庄内地区においでになり、このときはじめて農業勉強会に参加しました。「土作りのチェックポイント」「第一次産業である農業の重要性」「農業の産業化」などについてお話しいただいたと記憶しています。人と同じように田んぼ、畑も一枚ずつ違うこと。栽培圃場ごとに土壌分析にかけて診断し、分析表に基づいた処方箋を作成すること。土作りをする上で、物理性・化学性・微生物性のバランスが重要。圃場の保肥力、栽培する作物、目的とする収量によって投入する熱エネルギー量が違うこと。また勘ではなくすべて計算で投入量が割り出せること。保肥力を高めるために良質堆肥が必要で、その定義や製造方法など・・・。農業者として知っていなければいけないことを知らずにやっていた事実に大変なショックを覚えましたが、ここで気づいたことによって方法、手段を学ばせていただけるチャンスを同時にいただいたことに感謝しました。 さらに佐藤先生には「農業の滅びる国に繁栄はない」「人の命と健康に貢献できる農産物の生産」が農業者の使命であること。「人は従属栄養生物であるため、植物の恩恵なしでは生きられない」よって人よりエネルギー位置の高い農産物とそれを栽培する土壌を作らなければならない。そのために既成概念にとらわれない新しい視点が必要。農業現場での実践から、すべての存在を励起する生体エネルギーを発見し、使いこなす技術を構築されたということ、またその技術を誰もが使えることを教えていただきました。

 漠然と目標にしていたことが、佐藤先生が構築された理論と技術を学び、実践することで明確な目的に変わりました。現在、生産者と一緒に「人の命と健康に貢献する米作り」を目指し、誇りを持って農業に取り組んでいます。 取り組みの継続で、佐藤先生のプログラムと船井勝仁さんのプロデュースによる「命仁」が販売されることになり、私たち山形の生産グループも昨年から栽培に参加させていただいております。日本人の主食が米である意味、米の持つ本当の能力・機能性、食べていただくことによって皆が幸せになるプログラムが命仁米の使命であることを肝に銘じて、今後も前向きに栽培に取り組ませていただきます。

山形の生産者の方々

生産者 皆川秀一さん
生産者 信夫幸太郎さん
生産者 早坂國男さん